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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)5991号 判決

原告 鄭在俊

被告 浜名自動車工業株式会社

主文

被告は原告に対し金十万円及びこれに対する昭和二十八年八月十三日から支払済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は三分しその二を原告の、その余を被告の負担とする。

この判決は、原告が金三万円の担保を供するときは、第一項に限り、仮りに執行することができる。

被告が原告に対し金三万円を供するときは、前項の仮執行を免れることができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し金五十四万八千四百五十円及びこれに対する昭和二十八年八月十三日から支払済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、請求の原因として、

「原告は昭和二十八年四月十日午前十時十分頃原告所有の普通乗用自動車一九五〇年式キヤデラツクセダン型臨時運行許可番号渋谷第二三四〇号(以下原告自動車と称する)を操縦し、東京方向から名古屋方向に向い東海道国道第一号線を静岡市丸子町元宿部落東側入口に差掛つた際、被告所有で被告会社の被用者訴外中野久の操縦する貨物自動車(一九五三年式トヨダFX臨時運行許可番号静第〇〇八号、被告会社自動車と称する)が時速四十粁を以て名古屋方向から東京方向に進行して来て、突如、原告自動車前部右側(右側、左側とは自動車の進行方向に向つて右側、又は左側をいう、以下同じ)に被告会社自動車の前部右側を激突せしめ、その結果、(1)  原告は原告自動車の別紙〈省略〉記載箇所を破損され、その修理のため同別紙記載のとおり合計金九万八千四百五十円の支払をなした外、(2)  原告自動車は、原告が訴外林好三こと林人間に売り、その引渡のため、陸送中のものであつて、右損傷を蒙つたため、原告は、同訴外人から右売買契約を解除され、手附倍戻しの約に従い金十万円を同訴外人に支払うの余儀なきに至つたし、(3)  又原告自動車は衝突当時の時価金二百六十万円のところ、前記損傷をうけたため金三十万円の値下りをし、(4)  かつ、事故の翌日である昭和二十八年四月十一日修理に著手して同年五月七日修理完了までの約一ケ月間に時間の経過による金五万円の自然的値下りを受け、右(1) ないし(4) の修理代、手附倍戻金損傷による値下額、及び自然的値下額の合計金五十四万八千四百五十円と同額の損害を蒙つたのである。

そして、右衝突は、被告自動車の運転者たる訴外中野久において本件事故現場の如く道路に副つて家屋が立並んでいる部落内の屈曲ある道路を通行するにあたつては前方を注視し、警笛を吹鳴しながら左側を徐行する義務があるのに、これを怠り、時速四十キロの高速度で道路の中央を警笛を吹鳴することなく、漫然進行して来たことによつて惹起したものであるから、原告の蒙つた右損害の原因は同訴外人の過失にあるというべく、しかして、同訴外人の自動車運転は、被告会社の為になされたものであり、被告会社は同訴外人の当時の雇主であるから、原告は民法第七百十五条に基づき被告会社に対し右蒙つた損害の賠償及びこれに対する本件訴状が被告に送達された翌日である昭和二十八年八月十三日からその支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」とのべ、被告会社の抗弁事実を否認し、「原告は道路の左側端すれすれに時速十六粁で徐行し、被告会社自動車発見と同時に警笛を吹鳴し、かつ急停車の措置を講じたものであるから原告に過失はない。」とのべた。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する」、との判決を求め、答弁として、「原告主張の事実中、昭和二十八年四月十日午前十時十分頃原告主張の場所において訴外中野久の操縦する被告会社所有の自動車が原告の操縦する普通乗用自動車と衝突したことを認め、その余の事実はこれを否認する。訴外中野久は時速二十五キロの安全速度で進行し、原告自動車発見と同時に警笛を吹鳴しハンドルを左に切り急停車の措置を講じたから、同訴外人には原告主張の如き損害の発生につき過失ありといえない、むしろ、訴外中野久においては道路左側の人家の軒庇が道路にさしかかつているのでこれを避けるため道路の中央よりを走る外なかつたもので右損害の発生は不可抗力といはねばならない。

仮に、同訴外人に過失があつたとしても、被告会社は日産トヨダのボデー会社として、完成車の全国配送をする関係から常に各運転手の技術その他宿泊予定、到着時刻等に万全の措置を講じ、出発時には全員を集め細々と注意を与えているもので、同訴外人に対しても勿論右のような監督指導を与えているのであるから、同訴外人に対する選任監督につき相当の注意をなしたものというべく、前記損害賠償の責任がない。

仮に、右の事実が認められないとしても、原告主張の損害中(2) ないし(4) の損害は特別事情による損害というべきところ、右事情は被告の予見し又は予見しうべかりしものとはいえないから、被告において賠償の責任がない。

仮に右の事実が認められないとしても、原告は東京出発以来時速四十粁位の速度で疾走し来り、この速度は、衝突の現場においても落しておらず、被告会社自動車を発見した後においても急制動の措置を怠つて疾走し続け、衝突寸前に急停車の措置を採つたにすぎないが、この時にも道路の中央に向つてハンドルを切つているから原告においても過失ありというべく。従つて被告は原告に対する損害賠償の額を定めるにつきこれを斟酌することを求める。」と陳べた。〈立証省略〉

理由

本件において、原告主張のように、原告の操縦する普通乗用車と訴外中野久の操縦する被告会社所有貨物自動車が東海道国道第一号線の静岡市丸子町元宿部落東側入口の道路上において衝突した事実は当事者間に争ないところで、原告は該衝突は訴外中野久の過失に基づくものである旨主張し、被告は該事実を否認するから、この点を審究するに、成立に争ない甲第一号証の一、二、五、証人甲賀恭一郎、同田辺希世の各証言に、検証の結果を綜合すれば、該道路は、部落附近から百二、三十度位の角度を以て波状に彎曲しながら部落内を東西に貫通する幅員五ないし六米の道路であるが、衝突場所附近の幅員は約五米三十糎位であること、附近は衝突場所の東方は畑であるが西方には道路に副つて両側に人家が並び道路副いに高い塀、垣根が建てられ衝突場所附近では道路が彎曲しているため三十ないし四十米位の距離に近接しなければ反対方向から進行して来る車を発見できないこと、又、自動車の往来が頻繁でしかも道路の幅員が前記のとおり狭隘であるため貨物自動車、乗用車等がすれ違うためには、一方が停車して他方を通過させるか、双方共に極度に減速徐行するかしなければ相互に接触し事故を惹起する危険があることが明白であるから、一方から自動車を操縦して来て該部落内外の道路を通過しようとする者は常に前方を注視し反対方向から進行して来る自動車が家、塀、垣根のかげから突如現れても急停車してこれに衝突することを避け、又は安全にすれ違うことができる程度まで予め速度を緩め、かつ、道路の左側に自動車を片寄せながら徐行操縦する義務があるものといわねばならない。そして、本件においては、証人中野久の証言によると、訴外中野久は昭和二十六年四月被告会社に入社して以来本件衝突現場を月に二三回往来し道路の模様を熟知していたこと明らかであるから、同訴外人が衝突現場附近を通過するにあたつては、特に右の点に注意すべきであるといわねばならない。しかるに証人西野みち、同甲賀恭一郎、同田辺希世の各証言及び証人中野久、同李栄の各証言と原告本人尋問の結果(第一回)の各一部に検証の結果を綜合すれば、訴外中野久は被告会社自動車を操縦して時速二十五、六粁位の速度を以て名古屋方向から部落内の道路の中央稍左より進行して衝突場所から十六米位の場所附近に差かかつた際、三十八米位前方の塀のかげから原告自動車が現れ進行して来るのを発見し、発見と同時に停車の措置を採りながら警笛を吹鳴し、ハンドルを左方に転じて原告自動車を避譲しようとしたので約十二米スリツプし衝突のときには被告会社自動車を殆ど停止に近い状態に致してはいたが、前記注意義務を怠つて操縦していたため所期の場所に停車できず隋力を以て原告自動車に衝突させたこと及び、道路左側の人家の軒庇は貨物を積載していなかつた被告会社自動車が道路の左側を徐行して通過するにおいては特に危険を発生せしめることのない高さにあることが認めることができるのであつて、証人中野久、同李栄及び原告本人(第一回)の右認定に反する部分の供述は措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠がないから、本件衝突は訴外中野久の過失に基づくもので不可抗力によるものではないと断定せざるをえない。

そして、証人中野久の証言によると、被告会社は完成車の配送をもその業務の一内容としているものであるが、訴外中野久は被告会社運転手として雇傭され本件被告会社自動車の配送運転に従事中であつたことが認められるから、本件衝突は被告会社の被用者である同訴外人が被告会社の事業の執行につき惹起したものということができる。

そして被告会社が訴外中野久の選任監督のためその主張のような措置を講じていたことは被告の立証しないところであるから、この点に関する被告の抗弁は採用しない。

しからば、被告会社は訴外中野久が本件衝突により原告に加えた損害を賠償する義務があるものといわねばならない。

そして、成立に争ない甲第一号証の三、六、同第二号証の一、二、証人井上公司の証言によつて成立が認められる同号証の三、証人片桐澄英の証言によつて成立が認められる同号証の四と右両証人の証言並びに原告本人尋問の結果によると、原告は本件衝突により原告主張(1) のような損傷をうけその修理のため合計金九万八千四百五十円の支払をなし、右支払額に相当する損害を蒙つたことが認められる。成立に争ない甲第三号証の一、二、証人林好三こと林人間の証言と原告本人尋問の結果(第一回)を綜合すると、原告自動車を訴外林好三こと林人間に金二百六十万円で売渡すこととしその引渡のため右林方に陸送中に本件衝突にあい、所定のとおりその引渡ができなかつたため違約により右売買契約を解除され、手附倍戻の約に従い手附金の外これと同額の金十万円を支払い原告主張(2) のとおり右金額相当の損害を蒙つたことを認めるに難くないし、又、右認定の事実に鑑定人加藤秀利鑑定の結果を綜合すると、原告自動車は衝突当時の時価金二百六十万円であつたところ本件衝突による損傷のため約四十万円相当の値下りをしたため、原告主張の(3) のとおり、右値下額金四十万円と同額の損害を蒙つたことを認めることができる。そして原告が主張する(4) の損害につき、本件衝突の翌日から修理完了までの約一ケ月間に原告自動車が一ケ月少くとも金五万円相当の時間の経過による自然の値下りをした旨の原告主張に符合する原告本人(第二回)の供述があるけれども、鑑定人加藤秀利の鑑定の結果によると、日本人が外国製自動車の新車を自由に購入できないので中古車で新車より高値の車もある現況であるが昭和二十八年四月の本件衝突当時需要者が多く現在に比べ高値で値下がないことが認められるから、右証拠と比照して措信できない。又昭和二十九年九月原告が本件自動車を他に売却した価格が百五万円であつた旨の原告本人の供述があるけれども、事故から一年数ケ月後の売買価格は前認定の妨となるものではない。他に原告主張事実を認めしめるに足る証拠がない。そして、右損害のうち(2) の損害は原告自動車が手附金契約附売買の目的物であつたという特別の事情に基づく損害ということができるけれども、被告会社の自動車を回送の途中にこれと行交う自動車中に手附金契約附売買の目的物として買主方に回送中の新車もありうることは本件の如き国道上においては通常のことであつて、何人にもすぐわかることであるから、原告が運転者中野久の過失ある本件自動車の衝突により手附金を返還せざるをえなくなり返還した以上、被告会社としては、原告の自動車がかかる自動車であることを知つていたか、又少くともこれを知りえた筈であつたかどうかにかかわりなく、特別の事情のない限り、本件事故により原告が返還した手附金十万円を原告に賠償する義務があるものというべきである。又(3) の損害は特別の事情にもとずくものとは到底いえないから、原告が被告会社に対して求めうべき損害額は原告主張の(1) の損害と同額の損害額金九万八千四百五十円、(2) の倍戻手附金十万円と同額の損害金十万円と(3) の値下損害と同額の損害金四十万円中原告が訴求している金三十万円の損害金合計金四十九万八千四百五十円といわねばならない。

よつて、過失相殺の点について判断するに、原告本人尋問の結果(第一回)によると、原告自動車が東京方面から前記の東海道国道第一号線を元宿部落内に進入しようとしていたのであるが、原告自身も本件衝突場所を既に何度も通過したことがあることが明らかであるから、原告自身にも訴外中野久と同種同程度の注意義務があるといわねばならない。しかるに原本の存在及びその成立に争ない甲第五号証、証人田辺希世、同西野みちの各証言と、証人李栄の証言、原告本人尋問の結果(第一回)の各一部に検証の結果を綜合すると、原告は昭和二十八年四月十日午前四時半以後に東京を出発し途中箱根の曲折した急坂をこえて約五時間四十分足らずで本件衝突場所まで約百八十粁を走破したこと、原告自動車は本件衝突場所の東方約百三、四十米の地点にある船川橋から本件衝突場所まで約百二、三十度の角度をもつて彎曲した前記道路を、同道路を通過する自動車よりも甚しく速い速度で疾走して来たこと、原告自動車は新車で制動装置が完全なので急停車の措置を講ずれば殆んど間髪をいれずに制動の効果が車輸に及ぶこと、又時速十六粁位の低速度で進行している場合には殆んど即時に停車できること、原告は被告会社自動車を発見して直ちに急停車の措置を採つたのであるが、原告自動車のスリップの痕跡は衝突場所の二、三米前方から始まつていること、被告会社自動車を操縦していた訴外中野久は原告自動車が衝突場所の東方約二十二米の地点に来たときにこれを発見したのであるが、原告自動車の操縦席から前方を注視しておれば衝突場所の東方十七米五十糎位の位置において前方から来る被告会社自動車を発見できること、原告自動車は、衝突の瞬間に道路左側端から約六十五糎の間隔を置いて走つていたのであるが、原告自動車の横幅が約二米三糎五粍であるから、原告自動車の右側面は道路の左側から約二米七十糎位で幅員約五米三十糎前後の衝突場所附近においては道路のほゞ中央に位することとなり、原告自動車と同じ間隔をとつて前方から来る自動車とすれ違う際にはこれと衝突する危険が極めて大きいような状態で原告が原告自動車を操縦していたこと及び衝突寸前まで左側に方向を変換する措置をとらなかつたこと、並びに、衝突の際に原告自動車の操縦席横に座つて前方をみていた訴外李栄及び同呉宇泳両名が原告自動車の運転台前部に額、顎等を打つけて全治五日位の負傷を負つたことが認められるから、以上の事実を基礎にして考えると、原告は高速度で原告自動車を操縦して本件衝突場所に進行して来たのであるが、前方注視を怠つていたため被告会社自動車を発見することが可能な前記地点に来ても前方に被告会社自動車の進行して来るのを覚知するに至らずして前同一速度で慢然操縦を続けるうち、衝突場所寸前に来て始めて被告会社自動車を発見し急拠急制動の措置を講じたのであるが、前記前方注視及び徐行義務を怠りかつ、被告会社自動車と安全にすれ違える程に原告自動車を道路左側に片よせず操縦していたため被告会社自動車の発見が遅れ制動の時期既に遅く被告会社自動車を避譲するため原告自動車を道路左方によせる等の処置をとる暇もなく被告会社自動車と激突したもの、と認めるのが相当である。右認定に反する証人李栄及び原告本人の供述部分は措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠がないから、右原告の過失も亦本件衝突の一因ということができる。そして、原告の過失の程度は、前認定のように被告会社自動車の操縦者訴外中野久において原告自動車を発見し、直ちに停車の措置を講じながら原告自動車を避譲するため方向転換の措置を講じながら進行し、衝突時には被告会社自動車を既に停車寸前の状態に致していたことにくらべると、原告が被告自動車を発見したのは稍おくれ、しかもその後の措置適切であつたといえないのであるから、原告の過失は誠に重いといわなければならない。

尤も成立に争ない甲第一号証の三及び六によると、原告自動車の破損の程度が被告会社自動車の破損の程度よりひどいことを認めるに難くないが、同号証と検証の結果によるとこれは重量の重い被告会社自動車の頑丈なバンバーに原告自動車の前照灯、フエンダーボンネツト、ラジエーター等が衝突したことによることを認めるに難くないから、これを以て被告会社自動車が高速度で操縦され従つて訴外中野久の徐行義務を怠つた程度が原告より重かつたといえないこと勿論である。

以上の次第であるから、原告の過失は、使用者たる被告の損害賠償額の決定につきこれを斟酌してその額は金十万円を以て相当と認める。

右認定のとおりであるから、被告は原告に対し金十万円及びこれに対する訴状送達の翌日なること記録上明らかな昭和二十八年八月十三日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払う義務あること明らかというべく、原告の請求は右の支払を求める限度において正当であるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条を、仮執行の宣言及びその免除につき同第百九十六条の規定を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 小川善吉 花渕精一 加藤一芳)

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